5月14日、Softbank孫さんとITジャーナリスト佐々木俊尚さんの「光の道」討論は、Ustreamで5時間にわたって公開された。既にTwitter上では過去の話題になってしまったようだが。
http://www.tarosite.net/blogging/-hikari-road.html
http://www.ustream.tv/softbankcorp-jpn
なぜ、多くの人々がこの2人の討論に熱中したのか。5時間にもわたる気の遠くなるような公開番組を、なぜ深夜まで見続けたのか。デジタル時代の到来と言われようと、全ての人がITリテラシーが深いわけでもあるまい。
余談だが、この視聴者インサイトこそ、コミュニケーションを考えるときの原点だと思う。
知りたい、疑いたい、しかし、信じたいし、感動したい。演出されたものではなく、だ。
孫さんも佐々木さんも「日本再生」という同じベクトルに向かって、事業家とジャーナリストという異なる視点で戦った。いや、戦いではなく、多くの人の疑問を解く手掛かり討論と言うべきか。
両者とも、デジタル革命によって誰もがその恩恵を受けられる生活を実現することが日本を豊かにすると思っているし、当然、それがデジタルのアンビエント化によって生まれることも理解されている。
官公庁、営利企業など既得権益者の抵抗勢力は一度に片づけられない。現実のハードルを知り尽くした佐々木さんだからこそ、コンテンツとプラットフォームとベルトコンベアー整備は、制度改革だけでは一気に解決できないという視点で、プラットフォームに拘った。真実を追うジャーナリストの大人論理だ。一方、孫さんは、胸の内は解らないが、信ずれば山も動くという情熱の天才少年的な論理で突っ走る。しかも、企業のスケール感を見せつけながら、ほろりとさせる人情も平気で晒す。
結果、日本再生という最終目標に向かって、ソフトバンクが国税を1円も使わないで日本の隅々まで光回線を引く、そのためにオープンな議論を継続するという条件の元、孫さん側理論を見守る空気が出来上がった。佐々木さんがうまく引き出した落とし所ということか。
5時間もかけた討論終了後、疲労しているはずなのに、何かさわやかな余韻を残したのは、きっと孫さんと佐々木さんの持つ人間としての品性だったのだと思う。お互いの理論をぶつけながらも、傷口に塩をすりこむような上げ足取りはしないという紳士協定のような。
討論後も孫さんは相変わらずTwitterにどんどん登場し、Ustアジア設立、新製品発表と新たな話題提供に余念がない。
前置きがずいぶん長くなったが、討論後に期待していた佐々木さんのツイートは全くなかった。多くの人々が「どうされたのですか?」「総括お願いします」と問いかけるも、沈黙が続いた。39時間後に佐々木さんからようやくツィ―トされたのは、「議論をしつくしたので、ひと区切り。しばらくは執筆に専念します」。佐々木ファンはホッと胸をなでおろした。
しかし、このコメントが佐々木さんの絞り出したような悲鳴のように聞こえたのは私だけだろうか。
佐々木さんの著書を何冊か読んで思うのは、理屈の解らない人も想定して、懇切丁寧に説明しているということ。奢りというものが全くない。
だから、今回の討論でも人間としての優しさと、ジャーナリストとしての使命の狭間で、苦しいアイデンティティーにジレンマを感じられたのではないかと思った。
カリスマ孫さんを中心に湧き上がる「光の道」。性善説だけでは進まない現実。佐々木さんがジャーナリストの使命として、どこまでその緩やかな理論を許すべきだったのかを、何度も何度も自問自答されたように思えてならない。
これが、私の甘い思いすごしの感想であれば、それはそれで良いのだが。
1 件のコメント:
こんにちは、@luchyvoiceさん
@happycreatorです。
Twitter経由で遊びに来てみました。
光の道対談は有意義な試みでしたね。
高揚して不躾にTweetかぶせたりしてすみませんm(_ _)m
今後のブログ楽しみです^^
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